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第2回:24年ぶりの中国・上海上陸

 沖縄農園代表取締役 具志堅正秀(ぐしけんまさひで)によるコラム集

 1978年頃の上海

現在の上海の街並みと弊社社長・具志堅正秀
 青年の船で上海を訪問して以来、24年ぶりの上陸。1978年の面影はあるのだうかという想いで出掛けたのだが、まったく違う国に来てしまったと感じるほどであった。


  


今回は、沖縄農園の関連会社・ぐしけん(製パン業)の元役員が上海にある台湾系ベーカリー、上海マルコポーロ(上海馬哥孛羅面包有限公司)の技術顧問(パンの先生)をしており、その御好意による訪問だった。

上海マルコポーロは現在、上海地区で23店舗の展開を行なっており、ハースブレッド(硬焼きパン)を中心に、パンやケーキを販売している。また、スターバックスコーヒーのパン菓子を作っており、上海では物凄い人気だ。
 上海マルコポーロで社長を務める鄭氏は、昔食住を共にした中である

日本へ輸入するパンということで、衛生面には厳しく、徹底した衛生管理が敷かれていた

ひとつひとつ丁寧に、手作業でパンを仕上げる職人たち

  実は、私と、この会社の繋がりは深いものがある。現社長である、鄭 総経理とは10年以上前、彼の職人時代、台北で同じ寄宿舎でひと月ほど同居しており、大変お世話になった仲。そんな彼の新工場設立、上海での活躍、成功をうれしく思った。


新工場は、世界中から高水準の機器で構成され、パンも大変おいしく、ケーキなども日本と変わらないものだった。


その他台湾系の食品工場を何箇所か見学したが、日本への輸出が大部分とのことで、ビジネスチャンスを求めて、台湾から多くの企業、個人が上海にきているそうで、しかしここでの仕事は大変で、あの手この手で人間関係を構築しなければ、うまく働かないことも事実。今回案内人になってもらった知り合いの台湾商社マンも踏切事故で列車を止めてしまい、多額の請求をうけたのですが、人間関係でチャラにしてもらったと話していた。集金も大変で、売上の約5%は贈り物で担当者といい関係をつくらないと難しいなど、の話など、興味が尽きませんね。それでも、野望を書き立てる怪しい魅力が上海にはあるようだ。
 1978年頃の上海の街並み

2003年の上海。高層ビルが立ち並び大都会へと変貌を遂げる

上海は今、猛烈な勢いで変貌をとげ、人口1600万人の超大都会。長江デルタでは1億人を超え、毎月超高層ビルが20棟建ち、年に200以上の高層ビルが完成している。また、郊外にでると、毎月10万人の町ができているのではないかと思うくらいモダンな新興住宅地があちらこちらに誕生している。この活力は恐怖を感じる。


また中国は猛烈な成長をしていまして、国内旅行で国中のおのぼりさんが大挙して市内や各観光地に押し寄せ、地下鉄も東京さながら満員である。巨大な高級なレストラン、地下街、デパート、信じられないほどのばかでかいカラオケハウス、マクドナルド、カルフール(スーパー)、華やかな通り、近代と未来的なビル郡の同居など、アジアではなく欧米的なにおいがする。高度成長期にみられる自信と明るさがあり、世界中のビジネスマンや中華系の若者が野望に燃え満ちて集まっている。


24年前の上海はどこにいったのか?南京路の変貌もすごくて浦島太郎のようです。。。 中国は高度成長の過程の中で、いくつかの矛盾点がピークになり政治も経済の政策も、商観光も大きく変わるときがくるはずだ。そのときも新たなチャンスが到来するだろうけど、多彩な才能が求められてくることでしょう。今後日本の若者も上海で活躍する人がでて来ることと思います。期待しましょう。