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第10回:錆びた小銃弾

 沖縄農園代表取締役 具志堅正秀(ぐしけんまさひで)によるコラム集

 糸満市にある沖縄農園の直営農場でハル仕事(畑仕事のこと)していましたら、直径約7ミリほどの小銃弾が2発みつかりました。緑色にさびていて、その古さから沖縄戦のころのものであることは容易に理解できます。この畑は長らく耕されることがなかったので、掘り返したことによって、そのままの形で出てきたのでしょう。このあたりの農作業者に聞くと、最近は少なくなっているとのことでした。  思えばこの周辺は、沖縄戦最後の激戦地であったために、多くの慰霊碑が建てられ、今でも多くの人が訪れる平和公園になっています。サミットの時に建立された『平和の礎』や資料館があり、平和学習の役割を大いに果たしています。50年以上経ったいまでも銃弾が出て来るという事は、激戦地であったことが偲ばれます。

 小銃弾を見つけて、子供時代に戦没者の遺骨を麻袋に詰めて、収集する作業を手伝ったことを思い返しました。たくさんの遺骨を見たものでした。
また、懸命に集めて供養している親戚のおばあさんのことをふっと思い出したりしました。野原で遊ぶと迫撃砲弾や多くの大型榴弾などが放置されていたり、土を掘り起こすと火薬が次から次へとでてきたものです。それを手にしたり投げたりしたこともありました。危険なことをしたものだなと思います。

 沖縄では、今でも不発弾の撤去作業や避難騒ぎが新聞で報道されます。先日は県庁庁舎内や那覇市役所の保管庫に不発弾を資料としてうかつに保管していたりして批判されていました。それを処理する自衛隊の不発弾処理班も気を抜けない仕事と察します。不発弾が見つからなくなる日がくるのはいつでしょうか。今だ処理し切れないほどの爆弾が沖縄地下深くに眠っていると言われています。

世界は不発弾や対人地雷だらけと聞きます。戦争の後始末はいつの時代も大変で膨大な費用がかかります。地雷撤去にわずかではあるが役立ちたいといくばくかのお金を振り込んできました。

今年も6月慰霊の日がめぐってきます。