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シークワーサー収穫!

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年に一度、会社あげてのシークワーサー収穫の日です!
この日は10月末。しかし、日差しは真夏の太陽に劣らないほど容赦なくふりそそぎ、とても暑い日でした。


みんな、日焼け対策のため、完全防備した装いで収穫に勢を出しています。


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一本の木あたり40kgのシークワーサーが収穫できます。
収穫したシークワーサーは、会社に持ち帰りみんなで絞って製品にします。
できた製品がこちら!


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シークワーサージュースやシークワーサージャムとなります。
収穫しながら飲むシークワーサージュースは最高!
暑い中で飲むと、酸味が身に染みて元気の出る味です!


このシークワーサー畑は、沖縄農園で所有している畑です。一年に一回収穫しますが、月に一回は草刈、肥料をまいたり、来年の畑の準備などで手入れが必要なんだそうです。しかも、畑のある島尻地域は、かみ切り虫が多く、一年の半分は虫との闘いです。虫退治は、化学肥料などを使わず、月桃やとうがらしのエキスを使用します。


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笑顔で語る会長の具志堅。
一時期シークワーサーブームがあり、価格が高くなって手に入れるのが大変だったので、シークワーサー畑を作りました。これからはこの畑でパッションフルーツも植える予定です!


そして具志堅会長からは、採りたてのシークワーサーを頂きました。
果肉がプリプリして、甘酸っぱくて美味しい!

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会長も自ら食べて、すっぱい!とこの表情!


収穫の方法を見てみると、女性は丁寧にはさみでチョキンっと獲っている一方、男性は大胆に手でブチっと収穫していました。


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風が強い地域のため畑の周りに手作りの防風林を作ったり、収穫したシークワーサーを自ら絞って製品を作ったりと、会社全体が一丸となって商品を作っています。
最後に、みんなでパチリ!

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お疲れ様でした!

シークヮーサー販売の老舗

沖縄農園物語

そもそも、今から20年まえの、沖縄本島北部・山原(やんばる)の山中でのことです。

とてもとても、暑い夏でした。

パイン畑では、かごいっぱいに収穫されたパインが、トラックに積み上げられました。
今年は暑かったから、例年以上の豊作で農家さんは喜んでいると思いました。

ところが、お顔がなんとなく晴れ晴れしていません。

  「なんでねえ」
  「どうしたの?」 

その目の先のむこうには

パインの山、  また山。。。       「なんでね?」   こんな上等がまだ残っているのに・・・・・
   

その山は、完熟しすぎてしまったがために、販売することの出来ないパインの廃棄山だったのです。
流通経路が確立した昨今では、沖縄から本土向けへ出荷すると3日以内には店頭に並ぶことが出来ます。が、しかし、1972年にアメリカから祖国復帰を果たしたといえ、まだまだ離れ小島だったのです。また、今でこそ年間たくさんの観光客が沖縄に訪れますが、旅費が高価だった時代は、沖縄は外国に行くのと同じくらい費用がかかり、手軽に来ることは出来ない場所でした。だからこそ、パインの県内消費量も少なく、だから、今すでに熟している食べ頃のパインは出荷出来なかったのです。手塩をかけて、三年もの年月をかけて育てたパインの行く末は、形の良い物だけ、見た目が上等で、発送に耐えうるパイナップルだけが出荷され、残りは、処分の形をとりました。

この完熟パインこそがおいしいのよ!  もったいないねえ  なんとかしたいねえ  胸をいためることしきり・・・

  「うりや ちゃがらならに」= 「これをどうにかできないものだろうか」

放っておくと腐るしかないパインをどうにかしたい! との一念で始めたのが沖縄農園です。昭和62年のことです。

 

農家さんには、その他にも悩みがありました。形が悪いだけではねられてしまう作物も少なくありません。

そこでつぶやきがでます。

  「うりや ちゃがらならに」=「これをどうにかできないものだろうか」

その場にいたのは、創業者である父と息子夫婦(現沖縄農園社長:具志堅正秀、専務:具志堅栄)でした。

 

工房のような工場で、パインなどの完熟した果実を、1個ずつ手作業で厚い皮をむき、芯を取り、果汁を絞りだし、瞬間冷凍したのち、様々なかたちに変わっていきますが、当社はすべて人の手を用い、手作業で工程を進めています。

  「てぃーあんだー」 = 手作りのもの

沖縄は特有の気候風土の恵みから、次々とくだものは集まり、ジャム・ゼリー・ジュースと商品にしていきました。(詳しくは 会社概要 をご覧ください)

 

シークヮーサーと沖縄農園秘話

沖縄農園とシークヮーサーとの出会いも、沖縄農園誕生でお話した「形の良い物、見た目が上等なもの以外=B級、C級品と呼ばれる加工品向けの青果」がたくさんあることを知り、商品化に取り組みました。特にシークヮーサーは今でこそ、大変人気のあるフルーツとなりましたが、10年前までは、家庭で食され、一般市場には果糖ジュース(お砂糖が入ったジュース)が、JAと当社が作っているくらいで、手間がかかる割には、人気の薄い商材でした。

まだ、テレビでシークヮーサーが取り上げられる前の農家さんとの会話はこうでした。

私    「おじイ 今年のシークヮサーはどうねぇ」 おじいさん 今年のシークヮーサーはどうですか?

農家さん 「あい、あんたたちが早く取りに来ないから、鳥がたべよるさぁ」  あら、あなた方が早く取りにこないので、鳥がつまんでいますよ。

私     「おじイ ちゃあがんじゅうだねぇ!なんでねえ?」 おじいさんいつも元気だけど、なにかしてるの?

農家さん 「なんでかねぇ、わからんさぁ」 なぜかしら、わからないよ

私     「なんでかわからんけど、がんじゅうなんだねぇ」 なぜかわからないけれど、元気なんですねえ

農家さん 「だっからさぁ〜鳥もたべるんださぁ」 だから鳥も食べるんだよ。

 

なんとのどかでしょう。農家の皆さんは高齢なのですが・・・、足腰も丈夫で、元気で、パワーがあります。
シークヮーサーの木は、山の斜面を利用して自生しているので、段々畑にして収穫しやすいようにしていますが、急で狭い場所なので、収穫は一苦労の重労働です。にもかかわらず、身軽で木にひょいとのぼり、あっという間にひと仕事。 これは今も変わりません。

よく考えてみるとシークヮーサーの威力ですね。きっと!
鳥も好んでついばむ、そんなシークヮーサーの威力を地元の人たちは取り入れていたんですね。

でも、口をそろえて、自分の代でシークヮーサー栽培も終わるだろう。 若者は、他のみかん栽培をはじめているから、あとを次ぐ人はいないという話が出ていました。
どの農作物も言える事ですが、農業に従事する人は少なく、自分の子や孫ですら敬遠し、収穫に手間がかかるシークヮーサーは通常のミカン栽培よりも、収益が少ないため、栽培を引き継ぐものがいなかったのです。シークヮーサー栽培をするおじぃたちがいなくなれば、当社のシークヮーサー商品たちも、もしかするとなくなっていたかもしれませんね。

 

メディアとシークヮーサー

当社では、インターネットのホームページを1996年から開設し、年々着々とアクセス数が増えてきておりました。インターネットからの注文をする方は、ほとんどが沖縄に観光にいらっしゃった方で、主に東京や神奈川に住んでおられる方でした。

それなのに、テレビの力はすごいッ!
いえ、やはり、シークヮーサーの力でしょう。
シークヮーサーに含まれる「ノビレチン」の効力が取り上げられると、あれよあれよという間もなく大ブレイクです。

実は、1999年からインターネット担当として、現・沖縄おみやげショップしまぐくる店長:イシジマを新卒採用して、インターネット部門に力を入れつつあったのですが、今はなき、大人気健康番組放映翌日、何気にパソコンを立ち上げ、注文を処理しようと思ったところ、一時間経っても、二時間経っても、ずーっとメールの受信が続き、次々と入ってくる注文のメール。一体、何が起きたのか、一体何の騒ぎか、目を疑りました。イシジマは、前夜に放映された番組を、見逃していたので、さっぱりわかっていなかったのです。さらに、追い討ちをかけるように、けたたましく鳴り響く電話の音と、ファックスの受信音。その当時、県内お土産品配達担当4名、インターネット担当1名、社長の計5名で受注を行なっておりましたから、次から鳴る電話を対応するだけに1週間、インターネットと県外発送が落ち着くまでに、20日ほど有しました。ちなみに、メールでの注文は、一日で1103件でした。

その後も、よくTVや新聞などのマスコミに取り上げられて、果皮に含まれる“ノビレチン”のために、血糖値を抑えて糖尿病に悩む方々への救世主として、注目の嵐です。
また、がん抑制効果もあるということで、様々なところで取材依頼なども殺到しました。

正直、こんなにシークヮーサーが日の目を見るなんて、夢にも思っていなかったので、驚きました。
ホントにうれしかったです!
後継者がいないとぼやいていた “おじぃ” たちも、「俺たちがもっとがんばるさぁ〜」と意気込めば、おじぃの後輩たちも、「たんかん作りながら、シークヮーサーにも取り組んでいくよ〜」と心強い思いを誓いました。

でも、嬉しい反面、シークヮーサーには収穫量が少ない果実であるという大きな問題も秘めていたのです。

 

シークヮーサーの現状

シークヮーサーには、「ビタミンC」・「ビタミンB1」・「クエン酸」・「ノビレチン」などの各種ミネラルが、豊富に含まれ、代謝を活性化して疲労回復、さらには抗酸化作用で不老長寿の効能ありなど、現代人の健康維持に欠かせないフルーツと言っても過言ではありません。

が、しかし、これまで細々と県内消費されていた「シークヮーサー」の需要と供給のバランスが一気に崩れ、相次ぐ企業の新規参入や県外企業におけるシークヮーサー果実の買い占め、さらにはシークヮーサー泥棒まで出没し、シークヮーサー農家にとっては頭の痛い話となってしまいました。

シークヮーサー果実は、2年周期で表作=豊作の年と、裏作=収穫量減の年を繰り返し、収穫量によって若干値段の上限があったものの、農家さんとの直接交渉でほぼ一定の値段でいいときも、悪いときも私共は原料となるシークヮーサー果実を仕入れておりました。永年のお付き合いのもとで、豊作の年も不作の年も出来る限り同じ値段でやりとりすることによって、農家さんの安定収入と安定した畑作りを約束してまいりました。ところが、このシークヮーサーブームによって、県外企業における価格吊り上げ、一斉買い占めなどによって、今や15年前の2倍以上の仕入価格となってしまいました。

なぜ、シークヮーサー果実がここまで高騰してしまったのかというと、

  • 沖縄県全体の一部の地域でしか栽培されていなかった。
  • シークヮーサー果実における収益が小さかったから、栽培する農家も、作付け面積も小さかったから。
  • 自生種が主で、出荷用の果実としての栽培がほぼ行なわれていなかった。

などの原因でした。

そこで、収穫量増収を考え、平成13年以降に作付け面積を増やし続けるなどの打開策を実行してきましたが、シークヮーサーは接木でも結実まで3〜5年かかるため、急務の打開策とまでにいきませんでした。また実際問題、木を植えるにしても、農地の確保や苗木購入費用などの問題もありました。

ここまで、シークヮーサー原料が高騰してまうと、沖縄県内の私どものような小さな会社は太刀打ちが出来ません。これまで県内にありますシークヮーサーを使った商品作りをしている会社は、個々でシークヮーサー果実の確保、農家の育成、農地開拓などを行なってまいりましたが、中小企業であるがゆえ、労働力・資金面など、県外大手企業の足元にも及ばない状況が続きました。それを打破するために、平成19年2月に『シークヮーサー加工事業共同組合』を設立し、沖縄農園代表取締役であります、弊社社長が副理事として参加しております。 

組合を作り、私共の参加している企業とのつながり、そして農家さんとのつながり・育成を掲げ、シークヮーサーの価格が適正化されることによって、市場への安定供給、さらにはお客様へと繋がってまいります。9月に入り、シークヮーサー果実の収穫、搾汁作業がスタートし始めます。今後の取り組みを随時お知らせしてまいります。

 

ハルサーになった社長

ハルサーとは、畑仕事をする人のことを指します。

実は、沖縄農園は「農園」とありながらも、加工品作りがメインで、畑仕事は提携している農家さんにまかせっきりとなってしまっておりました。沖縄農園と会社名を決めたときから、畑仕事をすることをずっと夢見てここまでやってきましたが、計画がとうとう実行に移されるときがやってきました。

ハルサーになろう!

そう強い意志を抱かせたきっかけは、シークヮーサー果実の価格高騰でした。皆様に安定したお値段で、品切れすることがないように、自社で多少なりとも確保していきたいという思いからでした。農地としては、前々から準備していた沖縄本島南部、先の太平洋戦争において、もっとも激戦区となった糸満市・摩文仁(いとまんし・まぶに)の土地にシークヮーサーを植えることにしました。

生まれてこの方、ハルサーは初めての経験。農家さんからの情報や直接農業試験場に出向いて聞いたりと、これまでにないことだらけでした。
もともと素人のこと、いくつもの課題、難題が付きまといます。土地ひとつ耕すにしても、どこまで掘ったらいいのか、水のやり方、肥料のまき方などなど、試行錯誤の連続でした。なかでも5月から発生する「 カミキリムシ」はてこずりました。カミキリムシが一匹でもシークヮーサーの木につこうものなら、 自分のえさである木をからすほどの害虫です。枝に卵を産み、幼虫が木を枯らしてしまいます。糸満市マブニ(平和公園隣)の地域は特に、カミキリムシが多く、昼休み時間を削って虫取りに、草刈りに通う社長の姿があります。

もちろん、カミキリムシ撃退の農薬もあります。でも出来ることなら、薬を使わず、なるべく自然にまかせた栽培をしたいからなのです。

台風・日照り・病気・害虫

農業の大変さを実感する昨今です。農家の皆様に感謝する日々です。
ひとつひとつポツリと実った果実は、汗と笑顔と涙の結晶です。

「また、シークヮーサー送ってください」
のメールや電話をいただくとき、お客様の声に触れるとき、出会いの絆を感じます。数あるお店の中での出会いを大切に致します。

これからもまだまだ素人に毛が生えた私のハルサー仕事ではございますが、季節ごとの様子を皆様にお伝えしてまいります。そしてゆくゆくは、ご来沖のお客様を農場でお迎えしたいです。
春3月の花や 夏の終わり収穫期がいいかもしれません。

私自身のために、そして皆様のために、さらには地球のために
土から食卓へ お届けいたします。


沖縄の太陽の下で生育する
南国の味
まさに「太陽の恵み」をお届けいたします。

「人と世のために 作い出じゃさなや(作り出そう) かりゆしの島の特産品」

ゆたしく
うねげえさび〜ん。

シークヮーサで活き活き生活

今月のオススメシークヮーサー商品

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